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東京高等裁判所 昭和27年(う)1535号 判決 1952年6月13日

控訴人 被告人 中川昇

弁護人 成富信夫

検察官 田辺縁朗関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人成富信夫の作成、提出した控訴趣意書に記載の通りであるから之を此処に引用し右について審按する。

道路交通取締法が禁じて居る転回行為とは車馬が従来の進行方向とは逆の方向に進行する目的を以て為す同一路上に於ける方向転換の行為を汎称するものであつて、型に為す所謂ユー・ターンを最も其の典型的なものとし、之を一回の操作により短時間内に完了するのを通常とするけれども、該方向転換の途上-主として前後左右の交通状況等を確認し其の安全を図る等のため-一旦停止、改めて進行を開始して方向転換行為を終るが如きものも之を其の目的から観察して一の転回行為と解するのを相当とするのみならず、更に、従来の進行方向の路上に於て一旦停止し附近の小路の出口等に後退の上改めて直進横断して右折し、其の進行方向を転換して逆方向に進行するが如きものも亦、其の目的の「転回」せんがためのみである以上之を転回行為と謂うに妨げなく、況んや其の路面の転回禁止区域内なることを知り乍ら敢て該地点に於て転回せんとし、右の後退、横断右折等合法的方法によつて右禁止を回避せんとするが如きは同法所定の転回禁止に触れる行為であると謂わねばならない。而も同法第一二条第二項による転回禁止区域内に於ては同法条第一項に於ける場合と異り、該区域内に於ける転回行為を絶対に禁止する趣意であり、該行為当時具体的に他の交通を妨害する虞れがあつたか否か、之に対応する措置が講ぜられたか否か等は毫も右違反罪の成立に影響を及ぼすものではないと解するのを妥当とする。今本件について之を観ると、東京都特別区公安委員会が昭和二六年五月一二日警視庁告示第二二号を以て道路交通取締法第一二条第二項による転回禁止区域と指定した判示道路上の地点に於て、日比谷方面から田村町方面に向け判示自動車を操縦、進行して来た被告人が、単一操作によるU型転回を為し逆の方向即ち田村町方面から日比谷方面に向けて進行するに至つたことが、原判決挙示の証拠を綜合して充分に認め得られるのであつて、右が前記条項に違反することは洵に明らかであると謂わねばならない。仮に被告人が所論の通り田村町方面に向う判示の路上で一旦停車し、スイッチ・バックして車体後尾を附近の小路に入れ瞬時停車した後前方に進行し、右路面を横断して日比谷方面に向う路上に出で之を右折して其の進行方向を逆に転換したものとしても、記録上之等が転回のためのみの一連の継続的操作であると認められるのみならず、其の際被告人が右両方向の交通流を停滞させぬよう行動し又複雑な交通方法による他の交通安全阻害を極力避けるよう留意し且つ現実に之等の危険を発生せしめなかつたとしても、之を以つて前記違反罪の成立を阻却するものとは解し得ないこと前説示の通りであるから、原審が被告人の所為を以て転回禁止区域内に於ける転回禁止違反罪に該るとし道路交通取締法第二九条第四号、第一二条第二項を適用処断したのは相当であつて、原判決には何等所論の如き法令の解釈、適用を誤つた違法はなく、此の点に関する論旨は採用し得ない。其の他の所論は結局独自の見解に基き原審の専権に属する証拠の取捨判断を論難するに帰着するから採用しない。

仍て、本件控訴は其の事由がないので刑事訴訟法第三九六条に則り之を棄却することとして主文の通り判決する。

(裁判長判事 稲田馨 判事 坂間孝司 判事 三宅多大)

控訴趣意

第一点本件は東京都特別区公安委員会が「転回禁止No. U Turn」と表示した場所で「一旦小路にスイッチバツクしてから転回」したことが道路交通取締法第一二条第二項の転回運転に該当するか否かというテストケースなのである。而して現在東京都に於ては直接のUターンは右法条に該当するが右のような方向転換は該法条に触れず禁止ないものと多くの運転手から解釈せられ現に本件実地検証(昭和二六年十二月十一日)の際にも僅か十分間位の間に判検事弁護士の眼の前で官庁用自動車である第四三一一一番及第四三六二一番という二台が相次いで併し何の連絡もなくその通り実演してスマシタ顔で平然と過ぎ去つたことが示す通り行われている点にテストケースたる所以があるのである。形式的に之を論ずるならばその禁止の表示が「No. Uターン」となつていてとはなつていないこと同法第十二条が「併進し又は後退し若くは転回」となつているので、ここに所謂「転回」とは「一度でやる∩型転回行為」を意味する(藤岡証言五六丁)のであるから何等違反しないといつて差支ない更に実質的に之を論ずるならば一旦車が停車して後続の車のいないことを確めてからスイッチバックして車の尻を小路につき込み、交通の安全を確めてから方向転換をするのである。この場合停車することも後退することも「他の交通の妨害にはならぬ限り」(同法十二条第一項)差支ないのである。然るにスイッチバックは右にいう後退ではないので傾後方に尻を突込ことであるから「交通を妨害する虞」なき限り固より差支ない、運転手はスイッチバックの時、後続車の無いのを確めてからやるから固より何の交通上の危険もない。ここで車がスイッチバックして尻を小路に入れた時の状態から「転回」する時の状態を見れば車がその小路の奥から出て来て新に右転回をしようと思つて車の先を小路の先にノゾカセタ状態と少しも違いはないのである。右のように小路の奥から進行して来た車がその小路を出て右転回することが禁止されていないのに本件のようなスイッチバックの後に転回することを禁するという理由は毫も存在しないのである。交通安全を実質的に何等妨害するものでない点に於て両者差異はない。警視庁が之を変型的転回と称して運転手の教養講習に用いることは良い併しながら断じて違反事件として処罰することはできないのである。

第二点本件を有罪と主張するのは取締当局たる警視庁側の証人山本鎭彦及原文兵衛の証言であるが、この趣旨は「両方白の交通流を一時停滞させることになる」(二五丁六七丁)といい「一連の継続的操作である「(六九丁)といつているのであるがその前者については直接一度にやる⊂型転回についてのみ言い得ることでスイッチバックにより尻を小路に突込んだ場合については全く言い得ないことであり後者については断じて一連の継続的操作ではないのでその各操作毎に安全を見極めて為す行為であるから全く該当しない証言なのである。原判決が証拠として採用した被告人の公判廷に於ける供述も司法巡査渡辺理兵作成の報告書にも被告人がスイッチバックして転回したので違反にはならぬといつて最初から争つている点なのである。原審判事も亦本件の如きテストケースは学識経験の深い上級裁判所の判断を受くることを至当と認めて判決したと附言せられた次第である。テストケースとしての御判決を冀うこと切なるものがあるのである。

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